「茉莉は高嶺の花だから。」2

「茉莉は高嶺の花だから。」続きです。

 

2.

恋が芽生えるには、ごく少量の希望があれば十分である。

A very small degree of hope is sufficient to cause the birth of love.

 

僕が彼女に対して気持ちを寄せていることに気が付くのは、この出来事からそう遠くない未来での出来事でした。

このライブの後にTHUNDERBOLTが打ち出した武者修行ライブツアーに友人と二人で、時には服部ユウさん推しの同級生との三人で現場に通い、僕の手元にTHUNDERBOLT応援グッズの他、ライブごとにチェキが複数枚増えていきました。

三度目のライブで長谷川まつりの一挙一動を鼓膜に焼き付け、誰よりも大きな声で彼女の名を叫んでいることに気が付いた時には、ああ、僕は彼女が好きなのだろうと自覚が生まれました。

友人も同級生も、僕がTHUNDERBOLTの二人に夢中になる姿を見て「サンボル沼は温泉みたいなものだから心身に良い」と口を揃えて言いました。

実際、僕の生活には今まで体感したことのない充実感によるハリが生まれました。

ライブがある当日の授業は採れたてのぷりぷりとした果実のような、はつらつとした気持ちでライブを心待ちにしつつ講義を受け、それらが終わると胸を躍らせながらライブ会場へ足を運び、友人や他のサンボルファンと楽しくドリンクを酌み交わし、ライブセットリストの予想をしつつ出番を待つ。いざ、彼女たちの出番になったら全力で応援し、時には二人の煌めきに目がくらみ涙を流し、終演後はスポーツ後のように汗まみれになっている。そして、翌日からの日常はTHUNDERBOLTの次回のライブに備え徳を積むかのように勉学に励み、ライブの無い日は日雇いのアルバイトのオファーを出し軍資金を生み出す。

そんな生活サイクルが形成されていました。

この気持ちが応援以上の熱を帯びている事に気付かされたのは、長谷川まつりとの三度目の武者修行ライブ特典会で言われた「いつもたくさん応援してくれて、本当にありがとう!」という一言が始まりでした。

それを聞いた言葉に詰まっていると、彼女はチェキに書き込みながらライブ中楽しそうに自分に対して声援を送る僕の姿をつい見てしまう事、ライブが終わった後や、日々のレッスンで躓いてしまった時にそれを思い出し糧にしているという事、そして、ステージから僕を見つけた時はつい張り切ってしまう事を話してくれました。彼女の話を聞いている間中、ライブ後の高ぶりとは別の熱で体が火照るのを感じました。

彼女が、僕の話をしている。僕の応援が届いている。

友人と帰路に着いている時に特典会で起きた出来事をすごくドキドキしたと話したところ

「ガチ恋か?」

と、言われました。

 

ガチ恋。

アイドルに恋をしてしまったファンをそう呼ぶというのをその場で教わりました。その時は、それはないだろうとはぐらかしてしまいました。

これは「恋」という感覚なのだろうか、自分の気持ちとその用語を調べるため、友人と別れた後の電車内でそれを調べました。

用語の説明から実際にガチ恋になってしまったファンの体験談まで、調べれば調べるほど彼女への慕情というものは自分という内側だけでなく、外側へも厄介でした。

なにより、僕の自意識が恋愛感情というものを素直に受け入れず、それをステージの上の中学生に向けるなんてとんでもない、と半ば強引に否定します。

その反面、それを公に認めてしまえば楽になれるかもしれない、あわよくば、いつか彼女がそれに気付いたら、という在りもしない未来に淡い期待を抱いてしまう愚かな僕もそこにいました。

この気持ちの置き場は、もう少し決めないでおこう。

どちらにせよ、彼女を思う気持ちは愛情なのだから。

この出来事を境に、僕の持ち物は自然と黄緑と黄色、時にはどちらの色共に配色されたものが増えていきました。ペンライトを入れるボディバッグから始まり、スニーカー、腕時計、携帯ケース、ついにはライブ会場に持ち出すことのない大学用の筆記具や日用品までもが長谷川まつりの色に染まっていきました。

彼女のSNSをチェックするのはもはや日常になり、同時に服部ユウさんのSNSに彼女が時折登場するのを見落とさないよう掬い取る行為も習慣になりました。そして、日常を切り取って見せる彼女が食べたもの、飲んだものはその日のうちに手に入る範囲でなぞりました。

五感が彼女に支配されている日常。僕が急激なスピードでTHUNDERBOLTにのめり込み、とりわけ長谷川まつりを応援している、という事は周知の事実でしたが、彼女の模倣で空腹を満たす行為は誰にも知られてはいけない儀式でした。

これは彼女という名の付いた一種の呪いです。とても幸福な呪いです。

彼女に出会う前に、自分自身がどのように生きていたのか。それすらも忘れてしまう速さで侵食は進みます。そんなことを考えるより、常に彼女の幸せを祈るのが一番楽しく幸せな時間を過ごせるのです。

中国語でアイドルは「偶像」と書きますが、宗教用語である「偶像崇拝」という言葉と先の中国語を当てはめると、今の僕と彼女の関係を表すにあたり最も相応しいのではないでしょうか。

この時の僕にとって、彼女は世界そのものでした。

 

彼女への執心を煮えたぎらせて一年が経った頃。

長谷川まつりのチェキをまとめたファイルがそろそろ二冊目に突入する直前でした。

彼女達のライブで、一度だけ長谷川まつりが体調を崩し服部ユウさんのみ出演という公演がありました。

ライブ当日の朝、SNSでその知らせを目にし、気付いた時には涙が表面張力に耐え切れず頬を伝っていました。

長谷川まつりがいないという事実よりも、彼女の身を案じての涙でした。

普段、有名人に文字という形になった自身の言葉を送ることに抵抗があり、特に彼女へのそれはこじれた自意識も相まって片手でも余る回数しか送ったことはありませんでした。しかし、この日ばかりは彼女をいたわる当たり障りの無い言葉を短く綴り、彼女宛に投稿しました。しばらくして、その投稿に彼女のアカウントから既読の印のように「いいね」が付いたという通知が届き、心臓が縮み上がるのと同時に、リプライのチェックはいいから早く体調を整えてくれと冷静な僕がそこにいました。

その日の現場は僕、友人、同級生の三人の予定が見事に合致した日でもありました。

黄色と黄緑のボディバッグには、いつものようにペンライトが入っています。もちろん、今日そこにいない彼女の分も一緒です。

家を出る前、今日は出番が無いと分かっていながらも置いていくのにひどく抵抗を感じました。慣れた重さを胸の前で感じつつ、そうか、彼女達は二人でTHUNDERBOLTだからな、と一人で納得していました。

この頃のTHUNDERBOLTは、二人ともソロ曲を歌い始めた頃でした。服部ユウさんは、Dance in the rain、長谷川まつりはオーロラプリンセスを持ち歌としていました。

ライブが始まり、いつも二人で歌っている曲をユウさんが次々ソロで歌い上げます。

ソロ歌唱だけでも珍しいのですが、一人だけのステージをいつも以上に大きく舞い、観客を煽るユウさん。会場のボルテージは、一曲目のロックアレンジされた「アイドル活動!」から既にヒリヒリするほど高まっていました。そして、ユウさんがDance in the rainを歌い終え、一度ステージ袖に吸い込まれた矢先、本来であれば長谷川まつりが歌うはずのオーロラプリンセスのイントロが会場に流れてきました。会場がざわめきに包まれる中、僕は急いでバッグから彼女色のペンライトを取り出し点灯させました。

イントロの途中でユウさんが歌いながら、黄緑色のペンライトを手にしてステージに戻ってきました。会場中がユウさんに促され、ステージだけでなく、フロアまでも黄緑と黄色の優しい光に包まれました。

その光景を見て僕は涙と嗚咽を堪えることができませんでした。

彼女の復帰を皆が待っている。長谷川まつりを待っている。

ユウさんの歌うオーロラプリンセスは、ルームメイトの復帰をステージで待つ気持ちがこちらにまで伝わる優しい歌声でした。

曲が終わり、休憩を兼ねたMCで開口一番「びっくりした?」といたずらっ子のような表情でユウさんが言いました。

「オーロラプリンセス、実はこっそり練習してたの!今日は寮でお留守番のまつりちゃんに届くように歌いました!」

ファンの歓声、拍手がユウさんのサプライズを称えました。僕も再び泣きそうになるのをグッとこらえて拍手を送りました。

ステージ終了後、友人が「これがサンボルなんだよな…」と呟いた独り言に、思わず相槌を打ってしまいました。

THUNDERBOLTは、服部ユウさんが他のアイドル学校に短期留学を繰り返していた中、彼女の帰りをずっと待っていたルームメイトの長谷川まつりと結成されたユニットです。

彼女達のライブを初めて見た直後、熱病のように浮かされた僕は友人と同級生から、そして他のファンがまとめた彼女達の情報を出来るだけ集めました。当時は自由なユウさん、それを見守る長谷川まつりというフィルターが僕の中にかかっていましたが、それぞれの活躍がユニットという枠を超えて目立ち始め、彼女達が中学三年生になってからは、ユウさんは地方テレビ番組のレギュラー、長谷川まつりは絵本原作の舞台に出演が決定と、活躍の幅を徐々に広げ始めている最中でした。

THUNDERBOLTという枠の外へ。

「帰る場所があるから安心して旅に出られる。」

という言葉を、ユウさんはSNSで時折呟かれます。

彼女にとって長谷川まつりは帰る場所であり、また、長谷川まつりにとってもユウさんは帰る場所なのでしょう。

この日の物販では、久々にユウさんのチェキピックを手に特典列に並びました。

彼女のソロ曲を歌ったユウさんにどうしてもお礼が言いたくて、じりじりと迫る接近に備え言葉をまとめます。

やがて僕の順番が訪れると、思いがけない言葉をかけられました。

「今日、まつりちゃんいなくてごめんね。」

とっさの出来事に言葉が見つかりませんでしたが、取り急ぎ意思を伝えようと首を横に振りました。

チェキのポーズはユウさんに促され「まつりちゃんが早く良くなりますように」と二人でレンズに向かって祈るポーズを取りました。

「まつりちゃんね、キラキラッターで呟いてからもずっと大丈夫だから出たいって言ってて、なだめるのが大変だったよ!」

ユウさんは手を動かしながら、僕に向けてしきりに彼女の話題を振ります。

それは、僕という長谷川まつりのファンに対するファンサービスであり、かえって申し訳なさを感じました。

「まつりちゃんのソロ曲を歌ってくれて、本当にありがとうございました!」

「嬉しい!まつりちゃんにも見せたことないんだよ!プレミアムレアだね!」

やっと僕が発した言葉は彼女のにこやかな一言で昇華されました。そして、受け取ったチェキには彼女のサインと「まつりちゃん待ってるよ!」というメッセージが書いてありました。

この日、僕は久しぶりに撮ったチェキを、僕の顔を隠してSNSにアップしました。ユウさんと彼女の名前を検索にかかりやすいようフルネームで入れました。

  

彼女に届いたのかどうかは、数年経った今でも彼女と神様しか知りません。

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